Blue, under the imagination

「先へ行くには想像力が必要だ」

劇団アレン座第三回本公演 舞台「積チノカベ」

7月5日14時公演 @北九州劇術劇場 小劇場

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劇団アレン座第三回本公演「積チノカベ」公式サイト

INTRODUCTION 
 
-知ろうとしなければ何も知らないんだよ僕たちは-
 
樹は学校帰りに友達と廃ビルを漁るのが日課だった。
そこで毎日他愛ない話をしていた。
今日の授業の話、学校の先生の話、ニュースの話、数値の話、地下の話。
帰ってくるとお母さんに携帯端末の使いすぎを怒られる。
SNSで色々な人の投稿を適当に眺める。
庭でとれた野菜でご飯を食べる。
お母さんはいつも二つの鍋を使う。
夜には星を見る。
たくさんの星を見る。
そうして眠りにつく。
朝起きて、数値を測ることから1日が始まる。
そんな日常。
それが日常。
彼らの日常。
私たちの日常。

 

 

舞台は現代ではない地球のどこか、20年前に(恐らく放射能事故と思われる)「神の審判」が降りた地上では人が住むことが難しくなっていて、ほとんどのひとは「土の下」で生活を営んでいる。主人公の樹が住むのはまだわずかながらに人が住んでいる「土の上」。樹は土の上での生活になんら疑問を抱いていなくて、悪ふざけをする友人や口うるさい家族と平和に暮らしている、と思っていた。けれど、その「平和」には樹が今まで知らなかった様々な事実が隠されていて…というのが話の大筋でした…たぶん。見終わったあとに公式のあらすじ読むとちょっとゾッとする。

 

重い。とにかく話が重い。どこか遠い世界、フィクションのようでわたしたちのすぐそばにある話だと感じました。物語の中ですこしずつ剥がれ落ちるように突きつけられる事実に困惑する樹の姿は、見ているだけでそうとうしんどかった。「調べれば出てくるのに知らなかったんだ」「知ろうとしなかったんだ、興味がなかったから」と中盤から何回も何回も繰り返される「知らなかった」って言葉がずしりと響くんだよね。ごめんと謝る大人たちも、知ろうとしなかった子どもたちも、土の上の人間も土の下の人間も、誰が悪いとか何が悪いとかいう単純な勧善懲悪の話では無かったのが良かった。「神の審判」が結局何であったのか、国営が何を隠していたのか、土の上の人間たちがどうなったのか、直接劇中ではっきりと示されることはなかったけど、投げかけられて終わられたことで、「積チノカベ」とわたしたちの生きてる現実の境界を曖昧にしてるようでしばらく尾を引くレベルだった。きっつー。いい意味で。


その物語の中心に立つ、主演の小林くんがとーってもすてきで。恐怖や悲しみや怒りや切なさ、ぜんぶぐちゃぐちゃになった感情が、彼のまなざし、手の動き、足の運び、その他諸々全身から伝わってきて、とても肉体的な俳優さんだなと思いました。見てる人の心をぎゅっ!と掴んで離さないような強いちからがある。目がね、ずっとまっすぐなの。演技というより、ほんとにそこにいる、生きてるってかんじがしたの、すごいな。前半の等身大の少年ぽいあどけなさや無邪気さも可愛かったけど、絶望した顔というか、負の感情が全面に出た時の顔がめちゃくちゃに綺麗。見てると苦しくなるんだけど、目が離せないんだよ。劇場がちいさいところだったので、肉声だったし、衣擦れの音や瞳が揺れるようなところまで伝わってきたのは貴重な体験であった…。客席がコの字型になっていて、真横から見たのも新鮮だった。


ひとつの舞台観て気になった人の別の舞台見る、って体験がわりと久しぶりで楽しかったです。小林くんをヒロステでかっちゃんとして見たとき、とても丁寧で大事にお芝居をしてくれるんだなっていうのがとても心に残っていたので、今回全然知らない劇団さんのストレートの舞台でもすごく信頼できたというか。いい役者さんに出会えたなあと思います。また舞台で見たい。


終わったあとに合流した友達連れてってもらったkurocafeで「梅雨のパフェ」食べた。

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一緒に頼んだコーヒーはパフェにあわせて選んでもらいました。舞台見てずーんてなってたけど馬鹿みたいに爆笑して元気になりました♡

 

終わり!